コラボフレグランス「YUU」誕生の舞台裏

JODAN.から今秋、新たに登場するフレグランススプレー「YUU」。 ラベルデザインを手がけたのは、イラストレーターであり画家としても活動する田中まりなさんです。
ブランド初となるこの香りは、まりなさんの心に刻まれた記憶をもとに生まれました。 今回は彼女のこれまでの歩みと、「YUU」に込められた想いについて伺います。
これまでの歩み
JODAN.(以下J): まずは自己紹介をお願いします。
まりな: もともとはイラストレーターとして活動していましたが、ここ数年で画家としての表現も少しずつ広げています。
そのときどきのご縁や仕事に合わせて、イラストと絵画の両方を行き来してきました。誰かの期待に応えることが自分にとって自然だったので、今までずっと続けてこられたのだと思います。
20歳からフリーランスとして活動し、主に商業用のイラストを制作してきました。画家としての活動を本格的に始めたのは3年ほど前からです。
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J: 画家としてのスタートは比較的最近なんですね。
まりな: そうなんです。心の変化と連動している部分があって、私は人の気持ちや望みを読み取ることが得意で、それがイラストの仕事にとても向いていたと思っていました。
だからこそ、自分を「アーティスト」とはあまり思ってこなかったんです。アーティストには「自分から生み出す」という強い意志や美学が必要だというイメージがあって、それは自分にないと思っていたので。
バイトをしながら始めたイラストの仕事が少しずつ広がっていって、気づけば続けていた、という感じです。「もう無理!」と感じたことがないのは、人の期待に応えることが好きだったからかもしれません。
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“画家”としての転機
J: 画家としての転機はどんなものでしたか?
まりな: プライベートや人間関係の中でいろいろなことが起こり、自分自身と向き合う時間が増えたことがきっかけです。
カウンセリングを受けたりしながら、「これまでとは違う行動をしてみたい」と思っていたときに、昔からお世話になっていた方が「ギャラリーを始めたから展示をしてみない?」と声をかけてくださって。
それまでにも同じようなお話はいただいていたのですが、全部お断りしていました。でもその方は特別に信頼している方だったので、「試しにやってみようかな」と思えたんです。
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J: 最初から順調に描けましたか?
まりな: 全然描けませんでした(笑)。
「自分の絵を描いて」と言われて、戸惑ってしまったんです。これまで人に合わせることが自然だったから、「自分の表現とは何か」が分からなかった。
でも、やると決めた以上は描くしかない。そこで、商業イラストと同じように「見る人」や「季節感」を意識して構成を考え、自分の作品として形にする方法を思いつきました。
展示空間を「訪れる人が楽しい気持ちになれる場所」にすることで、少しずつ自分から何かを生み出す感覚が芽生えてきたんだと思います。
最初は、うつむいた表情の女性や男性の絵など、今まで描いてこなかった絵を出すのが怖かったんです。
「こんなのを出して大丈夫かな」「知られたくないな」って不安がありました。でもキュレーターの方に「お客さんのためじゃなくて、自分の絵を出してみては?」と言われて。
結果的には動物の絵の方が人気でしたが、“自分の絵”にも興味を持ってくださる方がいて、思った以上に反響がありました。
「誰も求めていない」と思っていた自分の表現が、誰かに届いたことが嬉しかったです。
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記憶と香り
J: 香りに込めた想いについて伺ってもいいですか?
まりな: 私にとって「過去の記憶」は作品そのものの素材のようなものです。
楽しかったことよりも、「思うようにいかなかったこと」や「悔しさ」のような感情のほうが心に強く残るタイプで。
放っておくとトラウマのようになってしまいがちなので、そうした記憶を少しでも優しく包み込めたらと思って香りに落とし込みました。
学びの多かった出来事が、今の自分を形づくってくれたと思っています。
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J: まりなさん自身の記憶の中で、特に香りと結びついているものは?
まりな: いくつかありますが、特に思い出したのは、うまくいかなかった恋の記憶です。
ひとつは高校時代、もうひとつは東京に出てきたばかりの頃。どちらも未熟な自分がうまく愛を表現できなかった思い出です。
東京での恋では、すれ違いが続いた後に隅田川沿いを歩いた場面が今でもよみがえることがあります。
「甘えたかったのに甘えられなかった」「優しくしたかったのにできなかった」。そんな自分が嫌で、でも今では「仕方なかったよね」と思えるようになってきました。
未熟さゆえの苦しみが、やがて優しい記憶に変わっていく。その感覚を香りに託しました。
この香りを通じて、過去の痛みが少しでもやわらぎ、温かさに変わっていくようなきっかけになったら嬉しいです。
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“YUU”の香りを嗅いで
J: 完成した香りを実際に香っていただいて、いかがでしたか?
まりな: 優しくて…なんだか涙が出そうでした。落ち着きと大人っぽさがあって、すごく好きです。
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J: 最初に「この香りで人を泣かせたい」とおっしゃっていたのが印象的でした。
まりな: ネガティブな記憶も、香りを通じて昇華されることがあると思っていて。
悲しみにそっと寄り添い、誰かの心に静かに作用するような香りにしたいと思っていました。
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調香に込められたストーリー
“YUU”の香りには、まりなさんの内面にあるやわらかな感情と、乗り越えてきた時間の温度が映し出されています。
トップノートは、レモンやペッパーのような衝動的で瑞々しい香り立ち。 ミドルではカルダモン、ラベンダー、ユーカリといった清涼感のある香りが重なり、どこか儚さを感じさせます。
ラストには、パチュリやシダーアトラスのほろ苦さと温もりが広がり、過去の感情をやさしく包み込むように残ります。
儚さと強さ、静けさと深さ。そんなまりなさんの“記憶の層”を閉じ込めたような香りが完成しました。
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これから描く物語
J: これまでのお話を経て、これからのまりなさんについて教えてください。
まりな: ずっと言い続けている夢があって。「森の中のアトリエで穏やかに暮らしたい」というものです。
夢物語のように聞こえるかもしれませんが、現実的にもちゃんと叶えたいことのひとつ。
普段からひとりの時間が長くて、思い出や会話が頭の中を巡ることが多いんです。だからこそ、人との出会いや何気ない言葉を大切にしていて、それが私にとって“記憶の友達”のような存在になっていきます。
孤独も悪くないなと思えるようになった今、一人の時間を満たされたものにできれば、人との関わりにもやさしさを持てる。
私にとっての“優雅さ”は、そんな満ち足りた静けさの中にあるのかもしれません。

